▲売上好調な新型トヨタ シエンタ。今回は、チーフエンジニアである粥川宏氏に新型の走行性能や居住性、ターゲット層について話を伺った ▲売上好調な新型トヨタ シエンタ。今回は、チーフエンジニアである粥川宏氏に新型の走行性能や居住性、ターゲット層について話を伺った

チーフエンジニアに新型シエンタについてさらに尋ねる

7月9日に販売が始まった新型シエンタが売れている。発売からおよそ1ヵ月間となる2015年8月9日時点で約4万9000台を受注。月産計画は7000台なので、すでに納車待ちも出ている。

12年ぶりにすべてを一新しフルモデルチェンジを果たしたシエンタ。新型の魅力はどこにあるのか。チーフエンジニアの粥川宏氏と自動車ジャーナリストの松本英雄氏が対談した。

前回のデザインの話に続き、今回は走行性能や居住性、ターゲット層などについてお伝えする。

座面の圧力を均等にしたから長く座っても疲れにくい

松本:新型シエンタに乗り込んで感じたのはシートの良さ。これはこだわりを感じました。

粥川:長時間乗っていても、疲れづらいことを心がけました。座面の圧力をなるべく均等にするようにしています。

松本:乗り心地がいいのに、シート自体は厚くないんですよね。

粥川:さっき言った座圧のおかげなんです。面を広く取っていくと、薄くても柔らかくできる。旧型は3列目シートがペタンペタンで、フレームに触っちゃうくらいでしたけど(笑)。

松本:旧型は3列目を倒しっぱなしというユーザーも多いと聞きます。

粥川:必要なときだけ使う。機能だけを考えるとそれでいいのでしょうが、エモーショナルな部分がちょっと弱かった。そこで新型では、3列目を含めてシートアレンジの使い勝手にこだわりました。ただ、シートアレンジが豊富なだけでなく普通に座れることも重要ですので、そこを担保したうえで広がりがもてるようにしたかったんです。

松本:実際に3列目に座ると2列目より着座位置が高いので、圧迫感も感じませんでした。乗り心地も良かった。

粥川:ありがとうございます。

松本:乗り心地といえば、車のキャラクターとも関係があると思うんです。例えば、エッジの立ったデザインだったら、そこから想起される乗り味が求められる。シエンタのデザインはチャレンジングですが、そういった難しさはありましたか。

粥川:今回はデザインと走行性能は別だと考えました。むしろ、シエンタはどういった使われ方をするのかを考えて、乗り心地や走行性能を決めていったんです。まずは、どんな走りを目指すべきかを言葉にする作業から始めました。

松本:と言いますと?

粥川:「シエンタは2列、3列をメインに使う車。お子さんが乗ることも多いでしょう。そのためにステップも低くフラットにする。結果的には高齢者にも乗りやすくなるはず。ということは、子供や高齢者が乗ったときに疲れにくい方が良い。すると、インパクトショックはできるだけ優しくしたい。足は固めていくのではなく、適度にジワーッとロールする。特にバネ上の所を抑え、長く乗っていても疲れづらくしたい」。こんな風に言葉にすることから入り、徐々に走行性能を突き詰めていったんです。逆に言うと、デザインは後から被せている感がありますね。

▲新型は、特に3列目シートの使い勝手が考慮されている ▲新型は、特に3列目シートの使い勝手が考慮されている

乗り心地はガソリンよりもハイブリッドに軍配

松本:ハイブリッドとガソリンの両方を試乗したのですが、ハイブリッドの方が乗り心地が良いですね。“バネバネ”した感じあります。

粥川:実はバネのセッティング自体はあまり変えていないんです。ただ、重心が低いことと、プリウスαでも使っている「バネ上制振制御」を採用したのが大きかったのでしょう。アクアやカローラは採用していないのですが、「自分が開発をやる限りは、なしではダメだよ」って(笑)。

松本:粥川さんは、プリウスαの開発主査ですからね(笑)。

粥川:実際、バネ上制振制御を入れると、(車体の前後方向へのシーソーのような)ピッチング走法が少し抑えられるんです。

松本:バネ上制振制御は、簡単にいえば、道路の凹凸に合わせて瞬間的に駆動力を調整してボディを水平に保つ仕組みですよね。ピッチングも収まっていますし、接地性や操舵感も高まっている印象を受けます。

粥川:今回は走りの追求というよりも乗り心地を追求したので、その部分がクタクタになってはいけない。上手くバランスが取れたと思います。

松本:もうひとつ感じたのが、バイブレーションの少なさです。正直な話をすると、トヨタのハイブリッド車とガソリン車では、ガソリン車の方が振動が少ないと感じていました。しかし、新型シエンタはハイブリッド車でもしっかりしている。これは、シャシーの構造によるものなんですか? それとも、足回りの工夫?

粥川:足回りは今までに熟成されてきたものをチューニングしているだけで、実は新しいことをやっているわけではないんです。一方ボディですが、フロントまわりはアクアを使って、後部は新しく作ってます。そんな中で「ボディ剛性を上げながら質感を上げる」「乗り心地をしっかり出しながらステアリングフィールも手を抜かない」など、バランスに気をつけて試行錯誤しました。

松本:ハイブリッド車といえば、電池の搭載が課題のひとつになります。コンパクトな車体なので、かなり苦労したみたいですね。

粥川:アクアの電池よりも30mmくらいは薄くなってますね。これは、室内高をガソリンの車と同じ高さにするため。ハイブリッド車だから狭いという理屈は通じません。

松本:薄さで言えば、燃料タンクも薄いですよね。

粥川:これは旧型も本当に薄いんです。それをベースにしました。

四輪ディスクブレーキで7人乗ってもしっかり止まる

松本:もうひとつ、非常に良い出来だと感じたのがブレーキ。バージョンアップしてますね。

粥川:今回はブレーキ性能がとても上がっています。旧型では「少しブレーキの利きが悪い」という声があり、新型では7人乗ったときでも安心して止まれるブレーキを目指しました。多人数乗ると当然後ろに荷重がかかるので、ガソリンにもハイブリッドにも四輪にディスクブレーキを採用したんです。ただ、最終的に出来上がったものはちょっと贅沢しすぎたかもしれません(笑)。

▲前輪だけでなく後輪にもディスクブレーキが採用されている ▲前輪だけでなく後輪にもディスクブレーキが採用されている

エアコンは車内のすみずみまで風を伝える

松本:7人乗り3列シートのこだわりは、エアコンにも見てとれますね。1列目から3列目まで全体的によく風が回るのには感心しました。冷える車はあるけど、全体的に温度を調整するのは難しく、どうしても価格帯が安い車だと局所的になってしまう。しかし、新型シエンタは猛暑の中でも全体的に冷えた。

粥川:よく効くでしょう。エアコン自体はアクアから使っているものなのですが、改良して性能を上げているんです。本当は、エアコンには「吐出口はスクエアにしてほしい。もっと言えば、円形が一番いい」という理想がありました。ただ、それはデザインとも関係する。高さや位置、向きなどは、許容範囲の中でどこに落とし込むべきか。そこは、我々が空調設計とデザインとの間に入って調整をしました。今回は良いバランスに落ち着きました。

▲エアコンの通風孔にもこだわりが。実用性とデザイン性が両立されている ▲エアコンの通風孔にもこだわりが。実用性とデザイン性が両立されている

アクティブなシニア層も満足できる車を目指す

松本:使い勝手で言えば、リアのハッチもすごい低く、対向部も広いですね。

粥川:四角く開けますから、大きな荷物も楽です。あと、開口部は座って釣りをするのにちょうどいいですよ。

松本:ちょうど腰掛けられるくらいですからね。今はシニアの方もアクティブだから、いいかもしれません。

粥川:実際、アクティブな使い方をする人は増えていると思います。もし、アクティブなことに興味はあるけど一歩目がなかなか踏み出せないというシニアの方がいるなら「この車を買ったら違う世界が見えてくる、第2の人生楽しく生きられる」といった提案、提案というかきっかけになると良い。新型シエンタに乗ることで「もう1回遊びに行こうか」という気持ちになってもらえると嬉しいですね。

松本:では、団塊世代も重要なターゲット?

粥川:もちろんです。ただ、年代で切るという考え方でもない。今入っている受注も、全世代でまんべんなく入っています。トヨタには若い人にはなかなか買っていただけない車もありますが、新型シエンタは若者にも興味を持っていただいています。

松本:新型シエンタをどのように使いたいかが重要であって、年代ではないということですね。カラーリングなども豊富なので、自分の世代に合わせて色々と選べそうですね。

粥川:だから、キャッチコピーは「今日を、どう使う?」なんです。使い方はみなさん次第。どんなライフスタイルでも新型シエンタがあれば楽しみがさらに広がる。「今日はこの車を使ってこんなことをしよう」という、きっかけを与える車になってくれるのが理想です。

▲リアハッチは開口部が広く、ちょうど腰掛けられるくらいの絶妙な高さで、使い勝手が良い ▲リアハッチは開口部が広く、ちょうど腰掛けられるくらいの絶妙な高さで、使い勝手が良い
▲粥川宏さんは1984年トヨタ自動車入社。初代レクサスやスープラなど様々な車のボディ設計を担当。2006年には製品企画担当に異動し、プリウスαの開発主査を務める。2011年よりチーフエンジニアとして2代目シエンタの開発に携わる ▲粥川宏さんは1984年トヨタ自動車入社。初代レクサスやスープラなど様々な車のボディ設計を担当。2006年には製品企画担当に異動し、プリウスαの開発主査を務める。2011年よりチーフエンジニアとして2代目シエンタの開発に携わる
text/コージー林田 photo/尾形和美、たけだ たけし