※徳大寺有恒氏は2014年11月7日に他界されました。日本の自動車業界へ多大な貢献をされた氏の功績を記録し、その知見を後世に伝えるべく、この記事は、約5年にわたり氏に監修いただいた連載「VINTAGE EDGE」をWEB用に再構成し掲載したものです。

▲1954年のニューヨークショーにデビューしたメルセデス・ベンツ 300SL。精悍なフロントマスクに銀色のボディ。上方に大きく跳ね上がるガルウイング式ドア、ホイールアーチ上のフィンなどその流麗なスタイリングのすべてが人々の目を奪うものだった。エンジンも量産車としては世界初のガソリン燃料噴射を装着し、215psという当時の3L級としては驚くべきパワーを発揮。最速ファイナルギア装着車では最高速265km/hに達した。同モデルのレース仕様車300SLRは、1955年のミッレ・ミリアでモス/ジェンキンソン組が優勝。シルバーアローの栄光を確固たるものとした 1954年のニューヨークショーにデビューしたメルセデス・ベンツ 300SL。精悍なフロントマスクに銀色のボディ。上方に大きく跳ね上がるガルウイング式ドア、ホイールアーチ上のフィンなどその流麗なスタイリングのすべてが人々の目を奪うものだった。エンジンも量産車としては世界初のガソリン燃料噴射を装着し、215psという当時の3L級としては驚くべきパワーを発揮。最速ファイナルギア装着車では最高速265km/hに達した。同モデルのレース仕様車300SLRは、1955年のミッレ・ミリアでモス/ジェンキンソン組が優勝。シルバーアローの栄光を確固たるものとした

石原裕次郎が乗ってる姿は本当にカッコ良かった

徳大寺 今日の車はメルセデスの300SLだな。
松本 はい。300SLはクーペとロードスターがありますが、当時メルセデスがスポーツカーレースに力を入れるために作られたのが流線型のクローズドボディの300SLです。SLは(Sport Leicht)ライトスポーツの意ですね。1952年にプロトタイプが作られ、ル・マン24時間では1、2フィニッシュでポテンシャルの高さをアピールしました。
徳大寺 300SLはルドルフ・ウーレンハウトという設計者が作ったが、自分用には改造して乗っていたんだよ。それもグランプリカーの心臓部と足回りを改造していたんだ。しかもウーレンハウトは運転がもの凄くうまく、プライベートで乗っていてもそうとう速かったんじゃないかな(笑)。
松本 ところでこの300SLクーペのガルウイングは、物珍しさで作られたドアではありませんよね。というのもこの車の最大の特徴は剛性の高さと軽量のボディ。ボディはアルミでシームレスで作られ、フレームは細い鋼管を組み合わせて作られています。ドアは強靭なフレームを避けて、やむなく上に跳ね上げるようにしたんですね。
徳大寺 その通り。フレームは大人二人で持てるほど軽い。だからSL(Sport Leicht)なんだ。
松本 その後量産仕様では1300kgまで重くなりますが、豊富なオプションのファイナルレシオによっては、時速265kmにも達してしまうわけです。1954年当時フェラーリ250GTなどの弩級のスポーツカーに比べて、価格がフルオプションでも3分の2に抑えられていて、そのままレースに出られるほどのスペックですから、人気が出るわけですよね。
徳大寺 僕が乗ったのは65年くらいだったかな。乗り込む時にステアリングホイールがお腹に当たるので、レバーをチョイと引いてステアリングを寝かせるんだよ。そうすると乗りやすい。こういう装置をしっかりと作るところがメルセデスらしい。エンジンはなんてことないんだけど、世界初の燃焼室に直接噴射だからね。レスポンスはいいけどトロトロ走っているとかぶりやすくて、大変なんだ。
松本 巨匠は当時、石原裕次郎が乗っているところを見たことがあるんですよね。
徳大寺 うん。渋谷の道玄坂の上りで調子悪そうにしてた。プラグがかぶっちゃって、エンジンがなかなかかからないんだ。そのうちボボボ、ボーンっと黒い煙が出てたよ。そうとう燃料が濃いんだと思った。でもとにかくカッコ良くてずっと見てたな。
松本 300SLクーペは当時レースで結構使っていたようですね。その後1957年に登場した300SLロードスターは低回転から高回転までスムーズで快適にドライブできるように、シリンダー直接噴射からポート噴射へと変わり、乗降を考えてフレーム形状も変更されて、ごく普通のドアの開閉となりました。しかもクーペよりも100kg以上の重さが加算されたのだから、もはや快適なツアラーですね。
徳大寺 この車のレストアはメルセデスのオールドタイマーに出したそうだから、仕事としては間違いないだろう。僕も行ったことがあるけど、パーツと資料がしっかり揃っていたな。だけどなんたってお金と時間がかかるんだよな。これ、ライトやバンパーを見るとアメリカ仕様のようだね。これは珍しいオプションのセンターロックが付いてるから、おそらく相当車を知っている人がオーダーしたんだろうな。
松本 アメリカ的なレストアじゃなくて好感が持てますね。シートはレザー仕様なんだ。三角窓が大きいですね。
徳大寺 この車は窓が開かないから暑いんだよ。だから三角窓が大きいんだ。それでも足りないからガラスを取っ払って走ってたよ。
松本 この車はシュツットガルトに送ってメルセデスでレストアですから、まぁメーカー保証のようなものですね。最低でも1000万円クラスだそうですから、それなりに覚悟がいります。ちなみにこの300SLは2年かけてシュツットガルトでレストアしてもらったそうです。
徳大寺 メルセデスはゴム類を交換すると新車のような乗り味にもどるからね。それほど基本に忠実にしっかりと作ってるんだ。しかもこの当時のメルセデスは驚くほど良質の素材を使ってるから今でも十分乗れるだろう。半世紀以上前のモデルだが、レースで名声を得ようという志で作ったモデルだけに、今ではもう作ることは難しいんじゃないかな。

メルセデス ベンツ 300SL フロント
メルセデス ベンツ 300SL エンジン
メルセデス ベンツ 300SL 運転席周り
メルセデス ベンツ 300SL リア

【SPECIFICATIONS】
■全長×全幅×全高:4520×1790×1300(mm)
■車両重量:1295kg
■ホイールベース:2400mm
■エンジン:直列6気筒SOHC
■総排気量:2996cc
■最高出力:215ps/5800rpm
■最大トルク:28.0kg-m/4600rpm

text/松本英雄
photo/岡村昌宏


※カーセンサーEDGE 2009年7月号(2009年7月10日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています