※徳大寺有恒氏は2014年11月7日に他界されました。日本の自動車業界へ多大な貢献をされた氏の功績を記録し、その知見を後世に伝えるべく、この記事は、約5年にわたり氏に監修いただいた連載「VINTAGE EDGE」をWEB用に再構成し掲載したものです。

▲ベースとなる高級サルーンの300リムジーネが51年に登場し、その後王侯貴族たちが乗るさらに高級な車として生産されたのが300S。ボディタイプはカブリオレ、ロードスター、クーペの3種類が用意され、使われる素材、製法、そして性能と当時のメルセデス・ベンツの技術がすべて注ぎ込まれていた。そして55年に追加されたのが今回撮影している300Sc。出力は175psにまで高められ、その生産台数は世界98台と言われている、超希少車である ベースとなる高級サルーンの300リムジーネが51年に登場し、その後王侯貴族たちが乗るさらに高級な車として生産されたのが300S。ボディタイプはカブリオレ、ロードスター、クーペの3種類が用意され、使われる素材、製法、そして性能と当時のメルセデス・ベンツの技術がすべて注ぎ込まれていた。そして55年に追加されたのが今回撮影している300Sc。出力は175psにまで高められ、その生産台数は世界98台と言われている、超希少車である

日本にも数台存在した王侯貴族のためのベンツ

松本 巨匠、今日はなかなかお目にかかれない、1961年式のメルセデス・ベンツ 300Scクーペです。お店は湘南にあります。
徳大寺 そうか。メルセデスはかなりの数を乗ったけど、このモデルは所有できるような車じゃなかったな。何と言っても王侯貴族が乗る車だから。
松本 戦後に最高級車の復権をかけてメルセデスが作り上げたシリーズなんですよね? 現代のSクラスやマイバッハ以上のステータスだったんでしょうか?
徳大寺 さすがに戦前のKシリーズを超える車はメルセデスの歴史上いまだ存在していない。しかし300Scクーペはその役をもう一度担おうとして開発、生産されたモデルなんだ。
松本 戦前のKシリーズですか…。確か8気筒以上の大排気量でスーパーチャージャー付きエンジンを積んでいたやつですね。確かにあれはボディもエレガントで別物ですよね。
徳大寺 メルセデスは伝統的に300であれば3L、540Kなら5.4Lと車種名と排気量が一致していたんだ。メルセデスは戦後、もう一度大排気量の高級車、しかもド級のやつを作りたかったんだと思うな。しかし連合国がそれを許してくれなかった。
松本 事実上税金を盾にして3L以上を作らせなかったと言われていますね。しかしその当時、締め付けが厳しかったからこそ様々な技術が進歩したのではないのですか?
徳大寺 その通り! 今日見に行く300Scもそう。この車は細部の作りもさることながらエンジンがまた凄いんだ。あの300SLと同じエンジンだからね。SLよりも最高出力は抑えてあるが、ガソリン乗用車で初めて直接筒内噴射を使ったエンジンが搭載されているんだ。
松本 Scクーペは55年から作られてきたモデルですが、生産総数はわずか98台だと聞いています。スペックで言うとエンジンは3LNAで175馬力を発生したそうです。
徳大寺 メルセデスは排気量に制限をかけられていたが、技術力で出力を高めていたんだ。ドイツのエンジニアらしいやり方だろ? 今日乗ってきた新型のE250 CGIも1.8Lだが、速くて静かなんで驚くよな。ターボは付いているけど3Lクラスかと思った。このあたりは昔から変わっていないよ。
松本 これが技術なのでしょうね。そういえば、当時の日本には存在したんですかね? スーパースポーツカーの300SLと同型のエンジンを搭載している訳ですから、世界はもちろん、日本でもかなり魅力的な車だったんじゃないんですか?
徳大寺 日本にも当時2台は間違いなく入っているよ。僕は何度も見ているからね。一台はビルマの首相が亡命のときに持ってきた300Scロードスター、もう一台は当時の花形俳優の高橋貞二が乗っていた300Scクーペ。この個体はまだどこかのコレクターが大切に保存しているらしい。300Scロードスターは力道山も乗っていたね。彼は300SLも所有していたらしい。
松本 それはすごい話ですね。あ、お店はここですね。メルセデスがいっぱいありますよ。あれが300Scクーペですね。かなり時間とお金をかけてレストアしてありますね。
徳大寺 こういうモデルは王様や貴族が乗るんだからきれいじゃないとサマにならないだろう。品良く直してあるな。外装の作りは高級車とは何ぞやと教えてくれる。日本のデザイナーもこういう車を見て勉強しないと、いつまでたっても高級車を作れないんじゃないかな。
松本 サスペンションアームが鍛造で作られていますが、キレイで惚れ惚れします。しかもこのフロントのダブルウィッシュボーンとリアのスイングアクスルのサスペンションは300SLにも使われたわけですから、設計の奥深さが垣間見られます。
徳大寺 ドイツ人だから機械モノには手は抜かないだろう。無駄を省いた合理的な作りだな。外装のモールの形や内装のウッドパネル、つまみに至るまで、ものすごく手がかかってる。だからトータルで見るとどこも真似ができない最高品質のモデルになるんだよ。
松本 エンジン音も素晴らしいですね。300SLと同じ音です。300SLと300Scクーペのエンジンが一緒にかかっていて、それを同時に聞き比べるなんてなかなか経験できませんよね。
徳大寺 ド級の高級車を前にして言うのもなんだけど、ニューヨーク港渡しでこの300Scクーペは300SLよりも3割以上は高かったんだ。当時は値落ちの激しいフェラーリの250GTが1万ドルで300SLが7500ドルだからね。300Scクーペは作りを考えると高級だけど高価ではなかったのだろうな。メルセデスは最高の技術を惜しみなく注ぎ込んだが、儲け主義じゃなかったんだろう。
松本 それにしても…今月も素晴らしい車を見られましたね。
徳大寺 確かにな。まだまだ日本にもこういった車が残っていてくれて嬉しいよ。

メルセデス・ベンツ 300Sc シート
メルセデス・ベンツ 300Sc フロント
メルセデス・ベンツ 300Sc エンジン
メルセデス・ベンツ 300Sc リア
メルセデス・ベンツ 300Sc 運転席周り

【SPECIFICATIONS】
■全長×全幅×全高:4700×1860×1760(mm)
■車両重量:1760kg
■ホイールベース:2900mm
■エンジン:直列6気筒SOHC
■総排気量:2996cc
■最高出力:175ps/5000rpm
■最高トルク:23.5kg-m/3800rpm

tefxt/松本英雄 photo/岡村昌宏


※カーセンサーEDGE 2010年9月号(2010年8月10日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています