煩悩寺和尚のドライビングマナーに喝っ!

喝っ!


世の悪人には2通りある。知って悪事を成せる者、悪意なき悪意をもって自覚なき悪事を働く者。絶対的悪人は後者なり。運転マナーなんぞは後者の最たる者なり。明日は我が身、人の振り見て我が振り直せ!
 運転なんてものは、赤の他人と無責任に否が応でもかかわりをもたなくてはならない修行の場。所詮、他人なんだから信用なんかできやしない。それでも前後左右の車が急に停まったり、ハンドルを切ったりなんかしないと信じて走っている毎日。「運転」という字はいつ何時“運”が“転”じて不幸になるかわからない・・・と拙僧は思っている。
 そこで、少しでも危険な目にあわないためのささやかな教えを伝授しよう。マナーの良い運転、教習所で習う運転は基本の基本。釘はトンカチで打ちましょう、みたいなものだ。釘なんて奴は石でも打てるし、昔の見世物小屋では石頭で打つなんてものもあった。要するに基本を知った上で自分なりに応用していくこと、これこそが“運転の極意”なり。
 その極意とは『 群れたる雑魚に飲み込まれるな 』である。高速道路なんかで、コンボイを組んで群れる集団をよく見かける。この中の一匹の雑魚には決してなってはいけない。所詮、赤の他人が群れて良い事なし。実はこの雑魚の群れが、いずれ渋滞の一因になっていく。悲しいかな、日本人は群れたがる。人と同じが一番の安心感。嗚呼、イヤだイヤだ・・・

・・・しかし、拙僧は群れと群れの間、もしくは雑魚群が追いついて来ない極楽浄土を目指す。断っておくが、交通ルールは守ろう!(笑)
 まじめな話、この渋滞の一因になっている雑魚群は、群れ同士で次第に近づきまとまり、車間距離が詰まっていき大きくなっていく。そしてトンネルの入り口などでの不意の減速や、一瞬のストップランプの点灯が後続に伝わりながら渋滞になっていく。群れの後ろになればなるほど、前が見えない分、急停止・急ハンドルになっていくからだ。この中の身勝手な輩が、無理やり前に出ようとジタバタして起こるのが事故。
 高速でこんな雑魚群に出合った場合、時間があって暇なときは渋滞のメカニズムを観察するのも一興。いや、群れを見つけたら速やかに遠ざかることを勧める。万一不幸にも雑魚群の一匹になったときは、周りの車を観察して、己の身の安全を確保して悪意なき悪人にならぬように注意すべし。

合掌っ!


Text/煩悩寺和尚 Illust/叶雅生