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これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】

クラシックカー予備軍モデルたちの登場背景、歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!

松本英雄(まつもとひでお)

自動車テクノロジーライター

松本英雄

自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「車は50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。

生誕40周年を迎えたしなやかなハイドロシトロエン80年代で最高なモデルの1台

——今回なんですけど、松本さんが求めるモデルがまったくないんですよ。それで急遽、私が普段乗っている車を特別に紹介しようと思っているんですよ。

松本 えっ? そんな「名車への道」にふさわしいモデル乗ってたっけ? ということは試乗もできるっていうこと? でも、僕の目にかなえばだけどね(笑)。で、なんの車に乗ってるの?

——シトロエンなんですけど……。

松本 おー。それだけでポイントアップだよ。で?

——び、BXです……。

松本 え? 初耳なんだけど。それって工場に入っていて動かないとかじゃないよね? ちゃんと走るの? それでグレードは?

——調子いいと思います。“Runs well!”といったところでしょうか。グレードは19TRiですけど。
 

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松本 Runs well! なんて海外の個人売買みたいなこと言っちゃって、本当だろうね。ハイドロニューマチックのシトロエンは生き物だからね。コンディションを保つのが難しいモデルだよ。まぁ、せめてもの救いはミディアムモデルのBXというところだよね。

——結構売れた車ですよね?

松本 ハイドロのシトロエンでは最も売れたモデルなんじゃないかなぁ。世界で230万台以上売れたはずだよ。いい車に乗ってるじゃない。

——喜ぶだろうなって思っていましたよ。長い期間作ってたモデルって、徐々に改良されるから信頼性が高くなっていくって、前に言ってましたよね?

松本 そうだよ。部品と生産精度が高くなっていくんだ。BXはフランスとスペイン、それとスロベニアでも作っていたんだ。本国以外で作れるってことは、ハイドロニューマチックであっても生産性が確立していた証拠なんだよ。先代のGSも様々な国で作っていたから、ノックダウンが得意だったのかもね。12年間で230万台、これはすごい数字だよ。

しかもBXのTRiって1986年から作っているから脂が乗ってきた頃合いの時期だよね。がぜん興味が湧いてきた。長く一緒にこの企画やってきたけど一緒に試乗するって初めてじゃない?

——長い間一緒にやっていますけど確かに初めてかもしれませんね。

松本 BXって1982年に発売したんだよ。覚えているなぁ。僕の知り合いが20歳の時に新車を購入して、そのとき初めて乗ったんだ。印象的な乗り心地でさ。BXってシトロエンがプジョー傘下に入って初めて作ったモデルなんだよ。ある意味失敗は許されなかったモデルなんだよね。

——シトロエンって何年頃にプジョーに統合されたんですか?

松本 1974年だね。シトロエンは個性的な設計で有名なんだけど、さすがに傘下に入ってからはプジョーのプラットフォームやパーツを使わなくてはならなかったんだよ。BXのプラットフォームはプジョー 405サルーンと一緒だからね。シトロエンとしてはマクファーソンストラットとトーションビームは嫌だったんだと思う。当時のシトロエンが理想としていたのはフロントウィッシュボーン、リアトレーリングアーム式だからね。
 

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——自分たちの考える乗り心地に不可欠だったってことですか?

松本 そうだね。特にストラットではシトロエンの考えるストロークとアライメントの変化が難しいとされていたんだよ。BXの先代にあたるのはGSだけど、ボディの部品点数が534から334と、一気に200も減ったんだよ。

——確かにBXってスタイリングは複雑な感じですけど、取り付けとかパーツは簡素に見えますよね。

松本 生産効率面から言えば、取り付けは簡単な方がいいんだよ。でも、それに気がつかないスタイリングが重要。BXのデザインは、ランボルギーニ ミウラやカウンタックを手掛けた、巨匠のマルチェロ・ガンディーニだからね。

——当時はベルトーネデザイン所属なんでしたっけ?

松本 そうだね。だから車好きは形を見ればガンディーニとわかるんじゃないかな。このBXはXBというコードネームがあってね、DSやGS、SMをデザインしたシトロエンの伝説的なデザイナー、ロベール・オブロンが指揮を執り、SMのフォルムを作ったジャン・ジレという人を採用して試行錯誤していたようなんだよね。

しかし、最終的に決まったのはガンディーニが描いてモデリングしたものだったんだ。もともとは英国のリライアント FW11やフィアット X1/10といったプロトタイプのモデルを製作していた、当時のガンディーニのエッセンスを投入して作られたのがBXなんだよね。ボンネットやリアゲートにもFRPを圧縮した新たなマテリアルを使って話題にもなったんだ。

——へー。突然現れたという感じのBXですけど、いろいろと紆余曲折があったんですね。

松本 この車は特に試乗するのが楽しみだなぁ。
 

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——松本さんってシトロエンに乗っていたんですよね?

松本 乗ってたよ。一番長く所有していたのがAMI6、その次がCXの初期型CマチックというAT。DSの廉価版のIDも所有したことがあったなぁ。CXは何度も止まったよ。でも、伊勢にロングドライブにも行ったし、最高の乗り心地だったね。シートはファブリックに限るってその時に確信したよ。

——乗り味だけじゃなくて操作性も独特ですもんね。

松本 シトロエン乗りだったかどうかはBXに一緒に乗ればすぐにわかるはずだよ(笑)。ハイドロシトロエンはBXになってずいぶんコントロール性が良くなったけど、コンフォートに操るのは難しいんだ。

——早速乗ってみてください!

松本 エンジンがおっとりしていていい感じだね。節度のないシフトは、当時ATが主流じゃなかっただけに、結構粗末な感じでこれがまたいいよ。インジェクションだからフィーリングもいいじゃない。このステアリングホイールの形状がシトロエンだよね。メーターの視認性を良くして、衝突の際に歪んで胸をステアリングホイールで強打するのを防ぐのが目的だと言われたけどね、本当のところはどうなんだろう。

——かなりご機嫌じゃないですか!

松本 いや、これ最高の乗り心地だね! 今でも十分通用する一級の乗り心地だよ。これほどしなやかな乗り心地のモデルってなかなかないんだよね。最新のC5 Xはかなり往年のシトロエンに近いけど、ここまで路面に寛容な感じじゃないし。運転していて気持ちが穏やかになれる車、それがBXなんだよね。1980年代最高のモデルの1台だよ。なかなかセンスいいじゃん。

——ありがとうございます。ブレーキもさすがシトロエン乗りだったようで、スムーズでした(笑)。

松本 ありがとう(笑)。シトロエンの起死回生の1台がBX だったということを覚えておいてほしいな。今回、偶然にもBX生誕40周年だったんだよね。1982年9月23日にエッフェル塔で祝賀会を開いたんだ。そんな日にいいモデルに乗ることができたよ。エンジンのオイル下がりと若干ATの滑りは心配だけど、君の言う「Runs well!」にふさわしい車だね。
 

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シトロエン BX

ベルトーネに在籍していたマルチェロ・ガンディーニがデザインを手掛けた、ファストバックスタイルのミドルクラスサルーン。リアスパッツなども特徴的な、直線基調のデザインを採用。軽量化のためプラスチックなどが多く使われている。シトロエン独自の「マジックカーペットライド」を実現するハイドロニューマチックが備わる。

※カーセンサーEDGE 2022年12月号(2022年10月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています

文/松本英雄、写真/岡村昌宏