▲街道沿いに建つK邸は、周囲の雰囲気とはかけ離れた異彩を放つ存在。まるで童話の世界から飛び出してきたかのような建物は、内部までこだわり抜いた造形をもっていた ▲街道沿いに建つK邸は、周囲の雰囲気とはかけ離れた異彩を放つ存在。まるで童話の世界から飛び出してきたかのような建物は、内部までこだわり抜いた造形をもっていた

おとぎの国に棲むディスカバリー/建築家・新井 透(グリーンアンドハウス)

子供の頃、童話に出てくるような家に住みたいと思っていた。石を積み上げた外観で隠れ家のように謎めいた雰囲気をもち、内部は廊下が入り組み洞穴のような部屋がいくつもあるような。そのイメージが潜在意識のどこかにあって、大人になってから初めてディズニーランドを訪れたとき、子供の頃憧れた記憶が一気に蘇ったという経験がある。そして今回、K邸を訪れた瞬間、こんな家が現実に存在するということに驚き、まるで子供のように歓喜の声を上げてしまった。

上の写真をご覧になっておわかりのとおり、K邸は単なる住宅ではなく、テーマパークの一角に建っていても違和感のない、童話から飛び出してきたような壁面をもつ。もちろん外観と同様のエッセンスが注がれたインナーガレージを備えていて、カーフリークの住処としても高い完成度を併せ持っていた。

場所は埼玉県熊谷市。K邸は幹線道路沿いに位置し、広大な敷地の一角に建っていた。竣工後1年少し経つが、現時点では前庭、裏庭ともに手がつけられていない状態。このスペースは今後、時間をかけて完成させていくいろいろなプランがあるようだ。

建物自体は、石を積み重ねて作られたような造形と素材感をもっている。近くに寄ってじっくり観察しても、やはり石造りのようにしか見えない。

「この壁面が、K邸のいちばんの特徴です」そう教えてくれたのは、設計を担当した新井さん。住宅の設計施工を手掛けるグリーンアンドハウスの代表だ。 「この造形は、壁面に塗ったモルタルを削って色をつけています。テーマパークも、じつは同じ工法で作られているんですよ」

このモルタル造形を、新井さんは最も得意としているとのこと。高度な技術が必要な工法なのだが、グリーンアンドハウスのスタッフは全員、この技術をもっているらしい。

自邸の外観を、このようなテイストにしようとしたきっかけを施主であるKさんに聞いてみた。

「南フランスにあるエズ村というところが気に入っていて、その旧い街並みに建つ住宅のデザインをモチーフにしてもらいました」とKさん。ヨーロッパ屈指のリゾート地であるコートダジュールにあるエズ村はニースとモナコの中間に位置し「世界一美しい街並み」と称される景勝地だ。そのイメージを自宅に反映させようという思い切りができたのは、やはり新井さんの作品を見て「この人なら」と確信したからにほかならない。これまで新井さんは、このK邸と同様にヨーロッパ各地の住宅をイメージした作品をプロデュースしているという。

「経年劣化を心配する方が少なくないのですが、このモルタル造形は10年から15年はこのままで大丈夫です。その後、表面のクリアを塗るなどのメンテナンスをすれば、まったく問題ありません」と新井さん。外観ばかりに見とれていると、邸内にも外観と同様の造作が施されているというので、興味津々で拝見することした。

童話に出てくる隠れ家のようなガレージハウス

玄関を一歩入ると、壁面に角がなくラウンド形状となっていることがわかる。右手にはガレージに通じる鉄のフェンス扉が。石造りの旧い屋敷から裏庭や地下室に続く扉……というイメージだ。左手にはリビング&ダイニングルームに続く入口があるが、ここも上部を丸くラウンドさせたデザイン。正面と右手奥のドアも、すべて同様の形状で、まさに童話に出てくる隠れ家然としている。同時に中世の旧い城にでも迷い込んだかのような高揚感に包まれるから面白い。

まずは右手のガレージにお邪魔する。動線は正面のオーバースライダーと玄関側の扉、そして裏庭に続くガレージ後方の扉という3方向。ディスカバリーがちょうどフィットするサイズだが、とくにガレージの中でメンテナンスをすることはないようなので十分なスペースといえる。玄関やトイレの窓から愛車の気配が感じられるように工夫されているし、サーフボードやスノーボードなどの趣味の道具を保管できるような造作も施されている。後方のドアを開けると、前述のように裏庭はまだ手つかずの状態だが、広いスペースが確保されているので今後の夢が広がる。

玄関に戻り、リビング&ダイニングルームへ。先ほど玄関から見えたラウンドした入口を入ると、そこにはまさしくテーマパークの世界が広がっていた。玄関からのアプローチ同様に角のない壁面が、手作りの石の家というイメージを醸し出している。キッチン横のダイニングスペースや、大きな弧を描く階段、その階段下に設けられた1段低い趣味の部屋、そして中2階に位置する小部屋など、どれもディズニーのキャラクターが潜んでいそうな空間だ。

「キッチン周辺の間取りなどは、奥様の要望をKさんがイラストに起こしてイメージを具現化してくれました。また、リビングルームにあるRのついた階段を石の乱貼りで仕上げたのですが、同時に階段の真下にできた空間の壁面も同じテイストで仕上げてみました。すると、当初は収納部屋にする予定だった小部屋が、独特の雰囲気になったので、今では趣味部屋として使われています」と新井さん。実際に、奥様がギターの練習をする部屋として使っているという。

中2階は、ちょうどリビングを見下ろすバルコニーのような造形で、子供たちが遊んでいるときには、2階からも1階からも姿を確認できるポジション。2階の寝室には、階段側に両開きのオシャレな小窓が設けられていて、今にも童話の主人公が顔を出しそうな、そんな雰囲気に満ちている。

なにしろ楽しい。どの空間を観察しても、笑顔が絶えない。この家は、単に新井さんのノウハウや技術により構築されただけではなく、子供の気持ちや遊び心をもち、それを具現化するセンスがあったからこそ実現できたはずだ。

今後の展開は「玄関までのアプローチやフェンス、そして植樹などの外構は時間をかけて造成していきたいと考えています。また、子供たちが遊べるように、リビングルーム前には芝生を張りたいとも思っています。裏庭には物置小屋を建てて、キャンプ用品やサーフボードなど趣味の道具も収納できるようにしたいですね」とKさん。

将来的に裏庭の物置小屋が完成すれば、ヨーロッパの郊外にあるバックヤードビルダー的な使い方が可能になる。そうすると、もう1台愛車が増えるような予感もするが、それは今後のお楽しみとしよう。

Kさんが外出から戻りガレージに車を入れた瞬間、幼い子供たちが、まるで童話に出てくる小人のように走って迎えてくれる様子が目に浮かぶ。たとえるならK邸のガレージは、現実と夢の世界を結ぶ境界の役目を果たしているといえるだろう。

▲ガレージ後方の扉を開けると裏庭に続く。将来的にはここに物置小屋を建て、趣味の道具を置く予定とのこと▲ガレージ後方の扉を開けると裏庭に続く。将来的にはここに物置小屋を建て、趣味の道具を置く予定とのこと
▲2階廊下からリビングを見下ろしたところ。ベッドルームに設けられた小窓が、アクセントとして利いている▲2階廊下からリビングを見下ろしたところ。ベッドルームに設けられた小窓が、アクセントとして利いている
▲左手のキッチンは奥様コダワリの動線が実現されている。正面の洞窟風入口は趣味の部屋▲左手のキッチンは奥様コダワリの動線が実現されている。正面の洞窟風入口は趣味の部屋
▲玄関からガレージへ続く動線。鉄格子の扉が旧い屋敷風の趣を醸し出している▲玄関からガレージへ続く動線。鉄格子の扉が旧い屋敷風の趣を醸し出している
▲玄関に入ると、天井や壁面も含めてほとんど角がないことに気づく。温かみのある空間を感じさせるポイントだ▲玄関に入ると、天井や壁面も含めてほとんど角がないことに気づく。温かみのある空間を感じさせるポイントだ
▲「お金をかけすぎました……」とK夫人がいうレストルーム。木の柱のように見えるのもモルタルで描いたもの▲「お金をかけすぎました……」とK夫人がいうレストルーム。木の柱のように見えるのもモルタルで描いたもの
▲キッチンの隣には、洞窟の中にあるようなダイニングルーム▲キッチンの隣には、洞窟の中にあるようなダイニングルーム

【施主の希望:奥様の希望とインナーガレージを両立して家庭円満】
■「まず、インナーガレージであることです。これについては妻も、雨の日のお出掛けでも便利……と賛成してくれました。住宅の間取りに関しても、ガレージを中心に考えていきました。妻はキッチンや洗面、収納に関して使いやすさを求めていました。これに対しては、生活するうえでの妻の動線を優先してあります。キッチンなどの設計は、自由度が高いハンドメイドならではのサイズ感が、妻にとってはベストな回答となったようです」

【建築家のこだわり:一発本番のモルタル造形で遊び心満載の住宅を完成】
■「最もこだわったのは、やはりモルタル造形です。これはやり直しの利かない一発本番なので。あとから『ここをもう少しこうしよう……』という追加もできないのです。その他には、邸内の間取りにもこだわりました。奥様の希望にもあるように、生活するうえでの動線を考えながらデザインしました。それに加えて、モルタル造形ならではの『見せる』楽しさと、中2階のように少し遊び心のある間取りも取り入れてみました」

■主要用途:専用住宅
■構造:木造枠組み壁工法(2×4工法)
■敷地面積:397.5平米
■建築面積:82.39平米
■延床面積:130.22平米
■設計・監理:グリーンアンドハウス
■TEL:0494-23-3849
■Mail:info@green-and-house.net


text/菊谷聡
photo/大西靖

※カーセンサーEDGE 2016年6月号(2016年4月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています