フィアット600▲軽自動車からスーパーカーまでジャンルを問わず大好物だと公言する演出家のテリー伊藤さんが、輸入中古車ショップをめぐり気になる車について語りつくすカーセンサーエッジの人気企画「実車見聞録」。誌面では語りつくせなかった濃い話をお届けします!

小さなことに大きな価値があった時代だからこそ生まれた名車

今回は、「ピィーコレクション」で出合ったフィアット 600Dについて、テリー伊藤さんに語りつくしてもらいました。

~語り:テリー伊藤~

フィアット600▲技術者たちの情熱が伝わってくる。テリーさんは戦後に登場した小型車をこのように評します

シトロエンの2CV(1948年)、BMCのミニ(1959年)、そしてこのフィアット 600(1955年)やNUOVA 500(1957年)。

戦後に登場した車はロマンにあふれています。軍需産業で働いていた人たちが職場を追われ、やっと就職できたのが民間の自動車産業。

技術者や職人は、「新天地でいいものを作ろう!」と思ったに違いありません。しかも戦時中とは違い、彼らは平和のために新たなものを作ることになったのですから。情熱は並々ならぬものだったでしょう。車からその気概が伝わってきます。

戦後間もない頃の大衆はとても豊かとは言えない状況でした。私たちが暮らす日本で言えば、6畳一間に家族5人が暮らしていたような時代です。それでも家族は笑いながら暮らしていた。狭くても楽しい我が家がそこにはありました。

このような時代は、小さくて安いことが大きな価値だったに違いありません

フィアット600▲日本で人気のあるフィアット 500よりも丸みを帯びたシルエットがフィアット 600の特徴

これまで僕はいろいろな車に乗ってきましたが、フィアットには乗ったことがありません。

僕が若い頃、人気があったのはミニであり、ビートルでした。イタリア車はどうしても壊れやすいというイメージが拭えなくてみんな敬遠していたのだと思います。

状況が大きく変わったのはやはり『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)が公開されたことでしょう。あの映画でフィアットのイメージが大きく変わりました。中でもフィアット 500は急に「かわいい車」という地位を確立したのです。

フィアット600▲このフィアット 600はテールランプが4灯式に変更されています

それ以降はきちんと整備してくれる工場も増えて、日本でも乗る人が増えていったと記憶しています。

これは想像になりますが、600やNUOVA 500はカリオストロの城で注目を集めてからの方が壊れにくくなったのではないでしょうか。

フィアット600▲もしかしたら僕が若い頃より今の方が乗りやすい環境が整っているのかもしれないね

テリー伊藤ならこう乗る!

今回出合ったのはフィアット 600D。500より大きな767cc 4気筒エンジンをリアに積むモデルです。

お邪魔したピィーコレクションによると、500よりもかなりパワフルな走りを楽しめるそうです。

年式は1967年(昭和42年)とのことですから、まだ僕が免許を取る前に生産されたものですね。

フィアット600▲NUOVA500は空冷2気筒エンジンですが、600Dは水冷4気筒を搭載

内外装は赤で統一されていてとてもきれいな状態。前オーナーは相当お金をかけて楽しんでいたようです。

ただ、あまりにも状態が良すぎて、僕は少し鼻につきました。

どこから見ても “かわいい”というオーラが強いんですよ。見るからに「私、アイスクリームが大好き」という感じですよね。

フィアット600▲真っ赤なインパネがガーリーな雰囲気
フィアット600▲シートも赤を基調に白の差し色が使われ、かわいさにあふれています

もし僕がこの時代の車に乗るなら、もっと普通の状態を楽しみたいですね。色もクリームぽいものにして、大衆車らしさを味わいます。

でも、この車は状態があまりにも良すぎるので、手を加えるのはかえって罪悪感があります。オールペンし直したら罰が当たりそうです。

それなら逆に、自分が思い切りかわいい路線に行くしかありません。僕は“かわいい”をウリにできるキャラクターではありませんが、それでもこの600Dに乗るときだけは自分をごまかしながら“かわいい”を演出する。幸せそうなふりをしてね。

フィアット600▲この車の雰囲気に負けないくらい、“かわいい”を全身で表現できる人に乗ってもらいたい。きっと街で注目を集めますよ!

……ちょっとその姿を想像してみましたが、やっぱり無理がありますね。だとしたらこの車には素で“かわいい”を楽しめる人に乗ってもらいましょう。

ガーリーなイメージの女性が乗ったらバッチリハマると思いますよ。

フィアット 600D

1936年に世に送り出された初代フィアット 500トポリーノの後継モデルとして開発された600(セイチェント)。エンジン搭載位置をフロントからリアに変更することで、トポリーノとほぼ変わらない大きさながら4人乗りを実現した。600は1955年デビュー。RRレイアウトはフィアット初の仕様で、ボディはモノコック式だった。その後、「より小さく安いモデルを!」という声に応える形で1957年に登場したのが、空冷2気筒エンジンを搭載したNUOVA 500になる。600Dは1965年モデルから登場。ヘッドライトが大型化され、エンジン出力も高められている。
 

文/高橋満(BRIDGE MAN) 写真/柳田由人

テリー伊藤

演出家

テリー伊藤

1949年、東京・築地生まれ。早稲田実業高等部を経て日本大学経済学部を卒業。現在、慶應義塾大学大学院の政策・メディア研究科に在籍。「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」「ねるとん紅鯨団」「浅草橋ヤング洋品店」など数々のテレビ番組の企画・総合演出を手掛ける。現在は演出業のほか、プロデューサー、タレント、コメンテーターとしてマルチに活躍している。最新刊「出禁の男 テリー伊藤伝」(イーストプレス)が発売中。また、TOKYO MXでテリーさんと土屋圭市さんが車のあれこれを語る新番組「テリー土屋のくるまの話」(毎週月曜26:35~)が放送中。YouTube公式チャンネル『テリー伊藤のお笑いバックドロップ』も配信中。