【連載:どんなクルマと、どんな時間を。】

車の数だけ存在する「車を囲むオーナーのドラマ」を紹介するインタビュー連載。あなたは、どんなクルマと、どんな時間を?

「雨の中で運転するのは初めてだったんです」

そういって取材場所に現れたのは免許を取得して2ヵ月の新人ドライバーであり、手芸雑誌の編集長を務める谷山さんと、夫の卓也さん。

雨が降ったりやんだりする悪天候の中、一方通行の道に悩まされながらもなんとか目的地に到着。と、安心したところ、コインパーキングの入り口ではうまく車を寄せられず、運転席から降りて駐車券を手に取ることに。

新人ドライバーにとって、初めて走る道は30分ほどの距離であっても大冒険だ。

▲もちろん、帰りの支払い時も車を寄せることはできなかった

これまでは夫の卓也さんが車を運転していたこともあり、谷山さんの指定席は助手席だった。そんな彼女が免許を取り、自らハンドルを握るようになったのには理由がある。それはお父さまが病気で高次機能障害になったことである。

「父は元々自分で運転をしていたのですが、道が覚えられなくなり、免許返納をすることになったんです。だけど、住んでいるのは車がなければ途端に不便を感じる場所。いずれ介護も必要になるだろうし、私が運転できた方がいいなって」

そうと決まれば、即行動するのが谷山さん。仕事が落ち着いたタイミングを狙い、勤務時間変更制度を最大限に活用して自動車教習所に通い詰める日々が始まった。その姿を見ていた卓也さんは心底驚いたという。

「免許を取るなんて、考えもしませんでしたよ。『グランツーリスモ』を一緒にプレイしたときもそりゃあとんでもない走りをしてたんで、正直、大丈夫かなって」

そんな旦那さまの心配もなんのその、教習所に集中的に通い2ヵ月間でスムーズに免許取得までこぎ着けた。なぜ、そんなに夢中になれたのかというと、はじめての運転が想像以上に楽しかったからだという。

「教習所に通う前、運転体験に行ってみたんですよ。この歳でも取れますかね? って聞いたら『言われたことは素直にやるようだから大丈夫だと思う』と言われてその気になっちゃいました(笑)。向こうみずな性格なので、不安よりも楽しいという気持ちが先走っちゃうんです」

決して忘れない、愛するマイカーの納車日

運転の楽しさに目覚めた谷山さんは、教習所に通いながら車を探し始め、なんと免許取得前に購入まで済ませてしまった。ご両親の介護を見据えて選んだ愛車は真っ赤な「スマート フォーフォー」だ。

小さい車体は取り回しがしやすく、丸っこいデザインも好み。旦那さまの助言もあって選んだBRABUSグレードのレッドリミテッドモデルはフロントグリルまでも赤色のパーツでまとめられており、走りも通常グレードよりキビキビとしている。同クラスの車の中では後部座席が広めに設計されているため、ご両親を乗せて走るにも安心だ。

実は、卓也さんは20年来フォーツー(スマート)、ロードスター(スマート)と乗り継いできた筋金入りのスマートオーナー。谷山さんは、このメーカーの車の魅力は肌で感じて知っていたのである。

「どこか生き物みたいな顔してますよね。愛着が湧くデザインで、運転しやすい。同じぐらいのサイズの国産車も検討したのですが、断然こっち! という感じでした」

谷山さんは、そんな愛すべきマイカーが我が家にやってきた日付のことまで克明に覚えている。免許取得は2023年6月15日。そして、晴れて納車を迎えた記念日は同年6月24日。いよいよ谷山さんのカーライフが幕を開けた。

▲手芸雑誌の編集長ということで、現在編み途中のセーターも持ってきていただいた。「スマートの中で編んだりも......?」と聞くと、それはしないとのこと

ヨーロッパの田舎道を自由に走りたい!

新米ドライバーの谷山さんは、まだまだ修行中の身。助手席に卓也さんを乗せ、週末に駐車場の広いファミリーレストランにランチに出かけて停車の練習をするなど、楽しみながらその腕を磨いているのだという。

そんな谷山さんだが、実は、大きな夢がある。それはヨーロッパをドライブしながら巡りたいというものだ。

知人のライターさんが車でヨーロッパを旅した旅行記を出版したという話を聞いて、谷山さんはひそかに憧れを抱いていたのだという。しかし、免許を持っていない谷山さんは、その夢を無意識のうちに遠ざけていたそうだ。そのころは自分が運転するなんて考えもしなかったが、今ようやくその夢が現実味を帯びてきた。

「運転できない身からすると、誰かに連れていってもらわなきゃいけないわけじゃないですか。この人(旦那さま)は海外旅行に興味がないし、無理かなって。でも、自分で運転できれば1人でいけるじゃんって、免許を取って気づきました(笑)」

ヨーロッパの中でも、過去に取材で訪れたというバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)が谷山さんのお目当てだ。三国間には鉄道があまり発達していないため、以前はバスに乗って移動した経験があるのだという。その国境を、自分がハンドルを握る車で越える日を夢見ている。

「ヨーロッパにはとても美しい田舎道がたくさんあるんです。都市部は無理でも、田舎の方なら私でも走れるかもしれないじゃないですか(笑)。それに、車でしか行けない場所もたくさんあるし、自由に走れたら気持ちいいだろうなって」

ドライバーになるのに遅すぎることはない

免許の取得、車選び、そして現在も日々助手席に座って運転のサポートをしている卓也さんは、谷山さんがぐんぐんと前に進んでいく姿をほほ笑ましく、時にヒヤヒヤしながら見つめている。

「素直にすごいなと思います。いくつになってもスタートするのに遅すぎることはないんだなって。最初は不安だったけど、成長していく姿を見るのはやっぱり楽しいというか、飽きないですね。まあ、今も不安はありますけど(笑)」

取材中、谷山さんは「運転が楽しい」「早くもっと自由に操れるようになりたい」と繰り返し口にした。パーキングを後にする後ろ姿はまだ少したどたどしいが、近い将来、スイスイと走り回る真っ赤なスマートの姿が見られることだろう。

文/高橋直貴、写真/トヤマタクロウ
スマート

谷山亜紀子さんのマイカーレビュー

スマート フォーフォー

●年式/2017年
●購入してからの走行距離/約1000km
●マイカーの好きなところ/きれいな赤で見た目がかわいいのに、キビキビ走るところ
●マイカーの愛すべきダメなところ/開放感のあるガラスルーフですが、真夏はちょっと暑いです……。
●マイカーはどんな人にオススメしたい?/おしゃれでかわいい車が好きな人。小さくてもパワフルな車に乗りたい人。駐車場が狭い人(笑)