車内恋愛#04「ラブストーリーは充電中に」後編
2018/05/31
▲車を舞台にした、素朴で小さなラブストーリーをお届けします初号機に乗って現れた救世主「ウッチャン」
充電が始まるとほどなくして私のスマホは息を吹き返した。
新しい住所をグーグルマップでプロットしようとしていたら、またもエスパー・ウッチャンが「ナビの使い方は、大丈夫そう?」と聞いてくるではないか。
零号機搭乗時間も残りわずかとなった今、めんどくさがりの私はもうスマホで乗り切ろうとしていたのだ。
「スマホ片手は危ないでしょ。次の目的地、入れてあげるよ」
と、ウッチャンが手招きする。
促されるまま私が操縦席、もとい運転席に、ウッチャンが助手席に乗り込む。
バタン、と扉を閉めた瞬間、外界の一切の音が遮断されて真空空間のような静けさに包まれた。ウッチャンの息遣いさえ聞こえてきそうな車内。何に対してかは不明だがドキッとする。
かたやウッチャンは顔色一つ変えず、私が告げる住所を手慣れた様子で入力していく。ウッチャンが動くたびに、ふわりとあの柔軟剤がほのかに香る。
なのに私は……汗臭かったらどうしよう!? 焦れば焦るほど変な汗がじわじわとにじんできた。
「あ」
ウッチャンの声に、ビクッとする。
「ここ、よく行くカフェの近所だ」
カフェ、とか巡るんだ……。一体、誰と?
「僕、コーヒー好きなんだよね。好き?」
そう言って、まっすぐに私の目を見つめるウッチャン。お父さんが、幼い子供に注ぐような柔らかな眼差し。
「好き……です」
あなたを。
……いやいやいや! 空気に流されすぎだから! と自分に突っ込みながらも、メガネの奥の瞳に吸い込まれるようで、私は視線をそらせなかった。
私が引っ越し業者に電話している間に、ウッチャンの姿が見えなくなっていた。
充電に時間がかかると言っていたが、ウッチャンは私よりも早く充電し始めていたはずだ。どれくらい前から? よほど残量が少ない状態で滑り込んできて、まだまだ時間がかかるのだろうか。
もしや、ウッチャンはエヴァの充電待ちではなく、私のスマホの充電待ちに付き合ってくれているのではないだろうか? ふとそんな仮説が浮かび上がる。
親切なウッチャンのことだ。ない説ではない。
鏡になった窓に、おでこに貼り付いた海苔前髪の自分が映っている。慌てて手ぐしで整え、にじんだマスカラを指で拭う。
今さらながら自分を良く見せたい気持ちで、車内に戻りバッグからメイク道具を引っ張り出すと手早く化粧を直した。
いまだに姿を見せないウッチャンを待ちながら、順調に充電されていくスマホでインスタグラムを開く。新しく住む街にある、さっきウッチャンが言っていたカフェってどこなんだろう。
「#◯◯町」「#◯◯町カフェ」「#◯◯町コーヒー」
ハンドドリップや焙煎機、コーヒーカップやサイドメニューのスイーツが画面を覆い尽くす。
調べて私は何をしたいんだろう。偶然にでも会えることを期待してる……?
自分の中に湧き上がる名前をつけられない感情に自問自答しながら、それでも画面から目が離せない。
かわいいラテアートの写真とともに、
「#デート」
という文字が躍っている。
だよね。ウッチャンの行くカフェって、デートで行くようなおしゃれなところなんだろうな。
ウッチャンのリーフの助手席に座るのはどんな女性なのだろうと想像する。柔軟剤を使って洗濯を仕上げる、女性らしい彼女。
ウッチャンはきっと優しいから、デートのときは自宅まで迎えに来てくれるのだろう。そして、お気に入りのカフェでテイクアウトしたコーヒー(もちろんサードウェーブ的なおしゃれコーヒー)を差し出してくれる。ナビはデートの目的地に設定され、当日の混み具合なんかも事前リサーチ済みだろう。
私の青春前半戦にはついぞ訪れなかった甘い瞬間。
インカレサークルでは女子大生は他大の男子にモテると言っていた嘘つきは誰だっけか? オールラウンドサークルに入ってみたものの、「飲み会」以外一切活動しない実態にイライラしてフェードアウトした。
高校まで陸上部で走っていたから、中途半端なスポーツサークルは結局受け付けなかったのだ。
しかしこうして知らない街で頼る人もない状況下では、無性に人恋しくなる。
ましてやウッチャンの柔らかなまなざしを知ってしまった今、あの優しさに包まれている彼女に嫉妬を禁じえない。
ふわりと舞い散る桜の花びらが、テカテカしたグロスの唇に見事に不時着した。いい格好しようとしてもそううまくはいかない。苦々しく思いながらひっついた桜をはがした。
ふいに手元の画面が人影で陰る。
見上げると、ウッチャンが先ほどと同じコーヒーチェーン店の紙袋をこちらに差し出していた。
「よかったら、食べて。お昼ご飯まだでしょ?」
中をのぞくと、アイスカフェラテ、サンドイッチ、おやつにプリンまで入っているという至れり尽くせりぶり。家政学部の私よりも確実に女子力が高い。
男は胃袋をつかめとは手あかのついた恋愛ハウツーだが、女も同様だ。
先ほどコンビニでは何も買えず、そして今や買うお金もなく、緊張が緩んで空腹が襲ってきていたところに、夢にまでみた彼氏(ではなく仮氏)に優しく差し入れされるというシチュエーションが自分に訪れるなんて!
「いいんですか、本当に!?」
あまりの空腹と新たなウッチャンの温かさに触れて、なんなら本当にちょっと目が潤んでいたと思う。
「もちろん。さっきお金借りようとしてた人が、今さら遠慮しないでよ」
ウッチャンは冗談を交えて、どうぞどうぞとすすめた。
私は、ですよねーと照れを隠しておちゃらけながら、サンドイッチにかじりついた。心地よい外気の中でアイスラテを勢い良く吸い上げると、ひからびていた体がスポンジのように水分を吸収する。いろんな意味の緊張で、私自身活動限界間近だったようだ。
ウッチャンも、ボンネットに寄りかかりながら追加したらしいカレーパンを食べている。白い喉が上下に動く様子が、妙に男性的だ。
「今から言うこと、驚かないでね」
ウッチャンがおもむろに神妙な面持ちで切り出した。何を言われるのかと思わず構える。
いい話? 悪い話? 瞬時に頭の中でいろんなパターンを予測するが、鼓動の音が大きくて集中できない。
「実はね。さっきセットした次の目的地まで、充電しなくても余裕でたどり着けてた」
一瞬何を言われているのか理解できず、でも想像していたどのパターンでもなかったことだけは理解できた。ウッチャンは驚いている私を見て、いたずらっ子のようにニヤッとした後、声に出して笑った。
なんでも、ナビ設定してもらった新居までは15km程度なので、充電せずとも余裕でたどり着けた距離とのこと。私の乗っている零号機はひとつ古いモデルらしく、ウッチャン初号機の方がさらに走れるらしいのだが、それでも60%あれば余裕だったらしい。
「そもそも、運転初心者なんでしょ? 車の運転なんて彼氏にでも頼めばよかったのに」
「彼氏とか、いないんで」
バツが悪い一方で、自分はフリーであることをそれとなく伝えられた。
「じゃあ、クラスメイトとか友達とかに頼めばいいじゃない。引っ越し作業なんて力仕事だし」
「女子大だから、男子の友達とかいないんで」
まだ言うか!? 私のこと、しょせん妹のようにしか見てないのかな。淡々と答えると、
「そっかー。でも、女の子がこんな危ないことしちゃダメだよ」
意外な返答に驚いて、思わず顔を上げると、真剣な表情でこちらを見つめるウッチャンと目が合った。
「いきなり長距離、しかも知らない道で、乗ったことない電気自動車で運転するなんて、事故にでもあったらどうするの」
『女の子』
その一言は、ロンギヌスの槍のように私の心を貫いた。
固まっている私を、叱られてしょげていると思ったらしいウッチャンは慌てて、
「あ、でも電気自動車っていっても普通の車と変わらないし、むしろ安全装置完備だから実は心強いんだけどね」
と言い訳するように笑って場を和ませようとしている。
『女の子』扱いしてくれる人の新鮮さに、打ち震えるほどの感動と、恥ずかしさで顔から火が出そうだったのだ。
足元を見るとコンバースのつま先の白いゴムが黒ずんでいる。運転するからソールの薄い靴を選んだ自分を今さならながら呪う。こんなことになるならせめて新しいニューバランスにしておくべきだった。
確かに私は、高校まで決してボーイッシュな部類ではなかった。
でも、入れる東京の大学という理由だけで選んだ女子大で出会う同級生の多くは都内や横浜出身で、パステルカラーのニットと風に舞うスカートを制服のようにまとい、ゆるく巻いた栗色の髪からいい匂いをさせて、運動をしたことがないと一目でわかる筋肉のない白くむっちりしたふくらはぎおしげもなくさらし、鈴が鳴るような声でおしゃべりに興じる。
そんな中にあって自分は「女の子」としてレベルがそう高くないことを痛感したし、徐々に「しっかり者」キャラが定着していった。
1人暮らしだから自炊しているだけで、仕送りだけではお小遣いが足りないのでバイトしているだけで、「めぐはしっかりしている」と言われ、柄にもない「姉御」の鎧を背負って「女の子」であることを脇に置いてきた。
本当はテンパり体質だし、抜けているし、このとおり機械のリテラシーも低い。
そんな私を……「女の子」とな!?
パンドラの箱を開けたかのように、いろんな感情が駆け巡る。うつむいている私にウッチャンがオロオロしている。
そこに、次の電気自動車が充電にやってきた。
こんな田舎で、3台も電気自動車が集合するとは、なんともエコの意識の高い街である。
ウッチャンは、すぐ出ます、と後続車に声をかけて初号機に飛び乗った。
やはり充電は終わっていたらしい。私に付き合ってくれていたのだ。
穏健な見た目とは裏腹に、きびきびしたハンドルさばきでリーフを急発進させると、私とUSBケーブルを残してウッチャンは猛然と走り去って行った。狐につままれたような面持ちで立ち尽くす私。
今までの一連のやりとり、何!?
てゆーかUSBケーブル忘れてるし!
そしてとうとう、名前すら聞けなかった。
ぼうぜんとしている私の隣に停車したのは、これまたリーフ(ウッチャンと同じ型っぽい)。弐号機から降り立ったのは、見るからに紳士の香りが漂う男性だ。
電気自動車の所有者ってのは、良い人ばかりらしい。
ウッチャンの上司くらいの年齢だろう弐号機パイロットは、私に軽く会釈して手慣れた様子で充電の手配をしていく。なんとなくその一連の動作を目で追ってしまう。その視線に気づいたのか、男性もまたフレンドリーに話しかけてきた。
「彼のこと急かしちゃったみたいで、すみません」
男性が謎の気遣いをみせる。
「ああ……」
私は曖昧に答えた。
「カップルで2人とも電気自動車なんて、珍しいね」
男性は勘違いしているらしい。
ツーリングじゃないんだから、めいめいの車でドライブデートなんてしないでしょと思いつつ、彼の放つジェントルマンオーラに、くだらない突っ込みを封じ込める。
「カップルじゃないんで」
「あ、そうなの?」
男性は心底驚いたように目を丸くする。
「充電スタンドで会うから、彼とは顔見知りなんです。この辺りで電気自動車持ってる人間って、そう多くないから」
車のドリンクホルダーに、先ほどのコーヒー店のカップが置いてあるのが見える。
「さっきカフェで彼に会ったら2人分オーダーしてて。『デート?』って冷やかすと照れてるからてっきり……」
余計なこと言ったかな、と弐号機パイロットは低音ボイスを響かせて笑った。
ウッチャンが、私とのひとときを楽しんでくれていた……!?
そう思うと、とてつもなく大切な何かを手放してしまったような後悔が襲ってきた。
不安に押しつぶされそうだった私を救ってくれたウッチャン。
お金を無心しても不審者扱いするどころか、施しをくれた慈悲深いウッチャン。
私を女の子として扱い、心配して叱ってくれたウッチャン。
もう二度と会えないかもしれないと思うと胸が締め付けられ、いろんな気持ちが湧き起こってくる。
「あの! さっきの人の連絡先ご存じですか?!」
突然切羽詰まった様子で問い詰めてくる私の剣幕に、男性はたじろぎながらも
「いや、そこまでは………でもこの辺りに住んでるのは確かなんじゃないかな」
と精一杯の情報を共有してくれた。
私たちが初対面だとは想像だにしなかったらしいが、クレバーな彼は事情を瞬時にくみ取ったらしく、「狭い街だから、電気自動車に乗っていれば遭遇することもあるよ」と励ましてくれた。
「この車、レンタカーなんで……」
私が力なくうなだれていると、弐号機パイロットの表情がパッと晴れやかになった。
「お! 待ち人来たりだよ」
そう言って私の向こう側に視線を向ける。
振り返ると、そこには家電量販店の紙袋を持ったウッチャンが息を切らして立っていた。
「ウッチャン……!!!」
と思わず叫びかけて、しまったと思いとどまったが、「ウッ」までは勢いあまって発音してしまった。
「どうしたんですか?」
突然現れたり突然いなくなったり、ウッチャンは忙しい人だ。嬉しさが隠しきれず、声が震えてしまう。
「これ、充電ケーブル」
ウッチャンは紙袋をぐいっと差し出す。
「ないと、困るだろ?」
距離を詰められて、上気したウッチャンの生温かい気配と柔軟剤が混ざって香る。
「……どうして?」
――どうして、戻って来てくれたの? 聞きたかった質問にはあまりにも言葉足らずだった。
「充電プラグの外し方、まだ教えてなかったから」
ウッチャンはそう言って笑った。
「あと、僕の名前、言えてなかった。
“ 南川一也 ”
連絡先はこれ。この街で困ったことがあったら、いつでも連絡して」
長く細い指に挟まれた名刺に書かれた名前を眺めながら、思う。
ナンチャンだったのね……。
この街が、好きになりそうだ。
( fin. )
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