▲約30台のアルシオーネSVXがずらりと並ぶ埼玉県川越市のK・STAFF。少々離れた場所にある広大な本社工場敷地にはさらに数十台がストックされ、部品取り車を含むSVXの数はなんと合計約60台にのぼる! ▲約30台のアルシオーネSVXがずらりと並ぶ埼玉県川越市のK・STAFF。少々離れた場所にある広大な本社工場敷地にはさらに数十台がストックされ、部品取り車を含むSVXの数はなんと合計約60台にのぼる!

バブル崩壊直後の91年に登場した悲運の名車

最近の合理的すぎる車に対して今ひとつ乗りきれないマインドでいるディープな自動車愛好家各位。あるいは、自動車マニアではないというかむしろ全然詳しくないんだけど、何かこうステキで個性的デザインの1台を探していて、しかしそれがなかなか見つからないとお嘆きのお若い方々。そんな各位にぜひ注目していただきたいのが、ポスト・バブル期における悲運の(?)名車・スバル アルシオーネSVXと、それを専門に扱っている埼玉県川越市の奇特な販売店だ。

まずはお若い方のため、スバル アルシオーネSVXという車についてごく簡単にご説明しよう。

▲こちらがスバル アルシオーネSVX。今見ても古さを感じさせない斬新なデザインだ ▲こちらがスバル アルシオーネSVX。今見ても古さを感じさせない斬新なデザインだ


アルシオーネSVXは、スバルが91年9月から97年12月まで販売した2+2クーペ。基本となるスタイリングはイタリアの巨匠ジウジアーロ率いるイタルデザインによるもので、ドアガラスがルーフ面まで回り込んでいるキャノピー(航空機などの操縦席を覆う透明な円蓋)調のデザインは、2017年の今見ても非常に斬新かつ新鮮。エンジンは3.3Lの水平対向6気筒で、不等&可変駆動トルクスプリット 4WDシステムを採用している。そして装備類も「遠くへ、美しく」「500miles a day」という当時の広告コピーに恥じない立派なもの。つまり91年当時のスバルがその技術の粋を集め、威信をかけて発売したハイクラスクーペ……ということだ。

しかしバブル崩壊直後におよそ350万円を超えるクーペをデビューさせるという間の悪さが祟ったのか、あるいはジウジアーロのデザインが斬新すぎたのか、アルシオーネSVXの売れ行きはパッとしなかった。6年間の生産台数はわずか5884台。ご覧のとおりの素晴らしいデザインを持つ実力派クーペであるにも関わらず、最近は道で見かけることもほとんどなく、少数のマニアだけが愛でる「カルトカー」と化している。

が、そんなカルトカーを約60台(!)も集め、そして販売している専門店が世の中にはある。それが、今回お邪魔した埼玉県川越市の「K・STAFF」だ。

気がつけば60台も。そして繰り返しSVXだけを買っていくお客……

K・STAFF代表取締役の辻 榮一さんは、お見受けしたところ60代後半のジェントルマンで、某工業大学の機械工学科卒。K・STAFFの「本業」はむしろ自動車整備の方であり、本社は1300坪の広大な指定工場。辻社長ご自身も工業大学2年生から3年生のときに、当時のトヨエース(トヨタの小型トラック)を使ってメルセデス・ベンツ SSK(1920年代のスポーツカー)のレプリカを作るなどしている。ちなみにその模様は70年発行の「モーターファン」(三栄書房)で取材された。

ここからは辻社長と筆者によるインタビュー形式でお送りしよう。まずは、おそらくこれまで何百回もされたであろう質問をしてみた。

――なぜアルシオーネSVXの専門店なんですか?

「わたしもね、91年にアルシオーネSVXが出たときは『こんな車、スバルはどうやって売るつもりなんだ?』と思ったんですよ。もちろんデザインもスペックも魅力的と思いましたが、当時のスバルには350万円以上の高級車を買うようなお客様は付いてなかったし、そもそもバブル崩壊直後でしたからねぇ」

――では、なぜお店で扱うように?

「1年後くらいに、たまたまテストコースでアルシオーネSVXのステアリングを握る機会があったんです。もうね、びっくりしましたよ。リミッターに当たる180km/hまで出しても直進性やステアフィールが街乗りのときとまったく変わらない。そんな車は当時少なかったですからね。これはすごい! ということで自分の店でもポツポツと買い集めましてね。最初は数台程度だったんですが……」

――それが今では……。

「気づいたら60台ぐらいになっちゃいました(笑)。といってもそのうち十数台は部品取り用の車なんですけどね。こちらのショールームに30台ぐらい、本社工場の方にも30台ぐらいあって、そして向かいの駐車場にも5台ぐらいあります」

――どんな人がSVXを買っていくのでしょうか?

「多いのが、以前から長らくSVXに乗っておられるお客様ですね。で、2台目とか3台目とか、あるいは4台目のSVXとして(笑)買い替えられます。また『ずいぶん前に一度乗ってたんだけど、やっぱSVXが忘れられないのでまた乗りたい』ということでいらっしゃるお客様も多いですよ。そして最近は『初めてだけど、とにかく乗ってみたかった!』とおっしゃるお客様も増えてますね。やっぱりアルシオーネSVXは他に類似車がない唯一無二の存在ですから、どうしてもそうなりますよね」

▲こちらの物件は車両178.2万円、支払総額196.6万円の平成4年式スバル アルシオーネSVX VL。走行距離5万kmの、社外ナビを除けばフルノーマルの非常に美しいコンディションの個体だ ▲こちらの物件は車両178.2万円、支払総額196.6万円の平成4年式スバル アルシオーネSVX VL。走行距離5万kmの、社外ナビを除けばフルノーマルの非常に美しいコンディションの個体だ

壊れやすい箇所=もはや全部。だから納車整備は徹底してやる!

――しかし最終型でも20年落ちとなる車だけに、故障や部品の欠品などが心配だが……。

「まず第一に、当社でアルシオーネSVXを買っていただくお客様に対しては『ご安心ください!』と断言できますね。そりゃ機械製品ですから、ご購入後の定期点検とかは受けていただかないとアレですし、不測の事態がゼロだとは言いません。しかし買ってすぐに壊れてにっちもさっちも……みたいなことだけは絶対にないはずです」

――その自信の根拠は?

「当社はそもそも工場ですからね。その工場が、1台のSVXに対して3ヵ月から6ヵ月ほどかけて徹底的に直すわけですから、そう簡単には壊れませんよ」

――納車までそんなに時間がかかる、というか、かけるのか!

「はい。通常の場合で、ご契約いただいてから3ヵ月から6ヵ月後のご納車となります。たまたまかなり状態の良いベース車両があった場合は1~2ヵ月ってこともありますが。とにかく、徹底的に手を入れます」

――スバル アルシオーネSVXの注意点というか弱点というか、つまり壊れやすい箇所というのはどのあたりなんでしょう?

「そりゃあなた、どこも何も、いろいろありますよ! なにせ20年以上前の車ですから(笑)。まぁ記者さんもご存じだとは思いますが、ラジエターとかエアコンのコンプレッサーとかホースとかエバポレーターとかエアコンコントロールユニットとか、エンジンのオイルシールとかタイミングベルトとかウォーターポンプとか、あとはストラットマウントと……」

――もう結構です(笑)。そりゃそうですよね、時間がたてば劣化する部分すべて、ってことですよね。

「ですね。そういったところをお客様の予算と相談しながら整備を実施してご納車となりますので、申し訳ないですがどうしても時間はかかるんです。当社が販売しているSVXは車両価格おおむね120万~220万円ぐらいな場合が多いですが(なかには走行326kmで588.6万円なんてのもありますけど!)、そのうち40万から100万円ぐらいは修理代なんです。逆に言いますと、このあたりの年代の車というのは最初にそのぐらいかけない限り、マトモには動かない場合が多いんです。走行距離の短さだけで選ぶと、あとが大変だと思いますよ」

▲最高出力240psを発生する3.3L V6水平対向エンジン。回転数に関わらず極太トルクがモリモリと湧き上がるタイプのエンジンであり、新車時の広告コピー「500miles a day」、つまり「1日で500マイル=800km走破できる車」というのは伊達じゃないと痛感させられる ▲最高出力240psを発生する3.3L V6水平対向エンジン。回転数に関わらず極太トルクがモリモリと湧き上がるタイプのエンジンであり、新車時の広告コピー「500miles a day」、つまり「1日で500マイル=800km走破できる車」というのは伊達じゃないと痛感させられる
▲落ち着いたデザインのコックピット。初期型のATは「ガラスのミッション」とも呼ばれたが、途中S4からはミッションを変更。また初期のATも、ATFをきちんと交換しておけば「20万kmノートラブル」というケースも多かったという ▲落ち着いたデザインのコックピット。初期型のATは「ガラスのミッション」とも呼ばれたが、途中S4からはミッションを変更。また初期のATも、ATFをきちんと交換しておけば「20万kmノートラブル」というケースも多かったという

パーツの欠品は「部品取り車」または「自作」で対応

――年式的に、交換部品がそろそろ欠品してそうなのが心配ですが?

「それはありますね。一部の部品はすでにメーカー欠品となってます。なので、ウチでは前述のとおり部品取り車を多数ストックしていますし、万一それでもダメな場合は『ない部品は自分で作る』という方式で対応しています」

――作っちゃう、と!

「はい。部品によってはね、作っちゃいますよ。また、リビルト部品も出しています。ウチは工場ですから」


辻社長によると、納車後は2万kmごとを目安にATF(オートマのオイル)の交換を行い、GT-Rか何かを走らせるような無茶な運転をしない限り、さほどの手間をかけずに乗れるはずだという。そして久々に間近で見たアルシオーネSVXのデザインは、細かいところからフォルム全体に至るまでやはり超絶ステキで、そして「唯一無二」であった。

冒頭で申し上げたとおり、ディープな自動車愛好家各位も、そしてデザイン重視で考えているお若い方各位も、ぜひこのカルトな名車に今一度ご注目していただけたら筆者としては幸いであり、おそらくは辻社長も大いに喜ぶのではないかと思う。

▲たまたま向かいに止まっていた現行アウディ A3スポーツバックと一緒に写っても、オーラ的にはまったく負けていないというか何というか。90年代における自動車デザインの金字塔とすらいえそうなアルシオーネSVXである ▲たまたま向かいに止まっていた現行アウディ A3スポーツバックと一緒に写っても、オーラ的にはまったく負けていないというか何というか。90年代における自動車デザインの金字塔とすらいえそうなアルシオーネSVXである
text/伊達軍曹
photo/スバル、編集部