車内恋愛 #01「私のサンタさんは、ロードスターでやってくる」後編
2017/12/25
▲車を舞台にした、小さくて素朴なラブストーリーをお届けしますこんな日に限って……淡くよみがえる恋の記憶
堺さんが選んでくれたお店は、東京カレンダーに出てくるような、女性の憧れそのものだった。
窓からは横浜の絶景。純白のテーブルクロスにキャンドルとクリストフルのカトラリー。
執事のようなまめまめしいスタッフに、自分がお姫様にでもなったような気分だ。次々に運ばれてくる料理は芸術品のような美しさ。
小市民の私なぞが、到底形容できるはずもない高尚なお味。
運転する堺さんには申し訳ないが、シャンパンがただの炭酸水だったとしても酔ってしまいそうな空間だ。
研究熱心な堺さんのことだ。あれこれ調べて選んでくれたのだろう。
今、クリスマスのディナーを楽しむ世界中のカップルの中でも、私は上位1%の幸せ組にカテゴライズされるに違いない。
「すごい」と「美味しい」という貧困なボキャブラリーでしかこの感動を伝えられないのがもどかしいが、堺さんは「気に入ってもらってよかった」と心底嬉しそうに言ってくれる。
博学な彼にとって私の話など面白いはずもないのに、私の稚拙な感想や意見ひとつひとつに驚き、面白がってくれる。
堺さんといると、自分がすごく価値のある人間になったような気がする。
開発者ではない、文系出身の広報の私でもわかるようにかみ砕いて丁寧に説明してくれた、初めて会ったあの展示会で感じた気持ちが今確信となってよみがえる。
この人を選んでよかった……。
食事が済み、車に戻った堺さんがシフトレバーに置いた手に、思わず私はそっと手を重ねた。
手を伸ばせば触れられる距離に好きな人がいることの幸せを、こんな夜だからだろうか。胸にこみ上げてくるものがあって、自然と体が動いていた。
堺さんは、そこに自分の右手を重ねて私の手を包み込むようにして、「行きたいところがあるんですが、付き合ってもらえますか?」と微笑んだ。
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遠距離恋愛なんてうまくいくはずがない。そんな周りからの邪揄が最初は腹立たしかった。他の恋人たちは成し遂げられなくても、自分たちは違うと信じて疑わなかった。
距離に負けるほど絆は柔じゃないと信じたくて、「絶対大丈夫」と言ったあの言葉に嘘はなかったと証明したくて、意地になっていた。でも、距離に時間がかけ合わされると、2人を隔てる面積は大きくなるばかりだった。
一度だけ、雄大が車で東京まで来たことがあった。
いくら車好きとはいえ、距離が距離だ。着いた頃にはすっかり疲弊した雄大は機嫌が悪かった。私の狭いワンルームに入るなり、「ここに、人が住めるんか……?」と心底ぎょっとしていた。
車で出かけようにも、勝手知ったる地元と違い、交通量と標識と車線が膨大な都会の道に、雄大はすっかり萎縮していた。
「俺は、こんな人も車も多いところは無理じゃわ」
この頃には、雄大の気持ちはもう固まっていたのだと思う。
そして私も、この狭くて人も車も異常に多い、だけど何にだってなれそうな無限の可能性を感じさせてくれる東京から離れることはできないと感じていた。
その年のクリスマスが、雄大に会った最後だ。
「おまえ、いつの間にか標準語になっとるね」
雄大のことならなんでも知っていると思っていたのに、その渇いた笑顔は私の知らない誰かのようだった。
「未来予想図は小休止かのぉ」
ちゃかしてみても、その先を描くことはないことはお互いわかっていた。2人乗りしていた自転車が車に変わり、乗っていたロードスターが2回変わった冬に、私たちは終わった。
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あのとき、雄大の手を離さずにいたらどうなっていただろうと、クリスマスが巡ってくるたびに思い出した。後悔しているわけではない。未練があるのとも違う。だけどこの日だけは、雄大を思い出さないことはなかった。
車は閑静な住宅街を走っていた。家の明かりが外に漏れ、道をほのかに照らす。
家族で食卓を囲み、チキンを頬張り、ケーキを食べて、子供たちはサンタクロースがくるのを楽しみにしながら眠りに着く頃だろうか。
私には、家族と過ごす幸せなクリスマスがいつか訪れるんだろうか。無意識に、隣にいる堺さんとのまだ見ぬ家族像が膨らむ。
実は、もしかすると今日プロポーズされるかもしれないと少し期待をしていたのだ。なのにレストランでは何も起こらなかった。
少々肩すかし……。淡い失望感でシートに深く沈み、窓の外を見たそのときだった。
小高い丘に出て突然視界が開ける。まるで海に無数の星が浮かんでいるような光の連なりがパノラマとなって見える。
こんな場所があったなんて知らなかった。あまりの神々しさに、神様が本当にいるような気がした。
堺さんは、「ちょっと外に出てみない?」といたずらっ子のように私を外に誘う。
狭い車内なので、コートは先ほど堺さんに預けてトランクに入れた。
寒いのではおろうと思ってトランクを開けると、何十本、いや100本は超えるだろう真紅のバラの花束がみずみずしい香りとともに飛び込んできた。
こんな演出は、W浅野のトレンディドラマにしか存在しないと思っていた。
あ、そういえば堺さんはバブル世代の末裔だっけ。先ほどまでの期待外れからの振れ幅が大きくて混乱する。
そんな私の困惑などどこ吹く風で、堺さんはすっかり臨戦態勢で花束を抱えようとしている。
バラの重みに重心を失い、少しヨタッとしながらも必死で背筋を伸ばした堺さんは片膝をついて、
「僕と、結婚してください」
と厳かに言った。
さらに、片手でポケットから指輪を出し、もはや映画でも見ないリングケースをパカッと開くアレをやってのけた。
現れた指輪の石が、自分が想像していたよりはるかに大きくて、正直ここに一番驚く。
べったべたな演出も、ここまで完璧にやり切られると素直に感動だ。それをすべて、照れるわけでもちゃかすわけでもなく大真面目にやる堺さんのピュアさが、今は涙が出そうなほどいとおしい。
「俺とおまえは、絶対に大丈夫」と雄大はあのとき言った。
絶対なんてないとわかっていても、あのときはその言葉が支えだった。いつしか私は郷里の言葉を忘れ、出てきた街が今では帰る街になった。
そしてこの街で、新しい恋を見つけ、好きな人と描く未来に向かって今踏み出そうとしている。
私は懲りもせず、2人の運命を絶対だと信じる。この人と一緒に生きていきたい。
月明かりに照らされて花束と指輪を差し出す堺さんは、私のサンタクロースだ。
ユーミンの言うことは本当だったんだ……。
赤いロードスターに乗って、最高のクリスマスプレゼントを運んできてくれた。
私は、澄んだ夜の冷気を切り裂いて、はっきりと答える。もう、クリスマスに彼を思い出すことはないだろう。
( fin. )
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