【功労車のボヤき】そうか、オレは“伊”の中のカワズだったのか…… フィアット バルケッタ
2020/12/15
――君には“車の声”が聞こえるか? 中古車販売店で次のオーナーをじっと待ち続けている車の声が。
誕生秘話、武勇伝、自慢、愚痴、妬み……。
耳をすませば聞こえてくる中古車たちのボヤきをお届けするカーセンサーEDGE.netのオリジナル企画。
今回は、レアなイタリアンオープンカーフィアット バルケッタです。
イタリアのお洒落なオープンカーがウケないわけがない!
おっ、ロードスターだ! と、思わず道を譲ってしまう自分が情けない……。
ある意味、オレの登場のきっかけと言えなくもないマツダのロードスター。
今じゃ4代目となり、ピカピカの新車も手に入る。中古車だって、カーセンサーnetで検索すればざっと1000台以上!
思い起こせば1989年、登場するやいなや人気を集めた初代ロードスターを見て「日本の2シーターオープンカーがこんなにウケるんなら、イタリアのお洒落なオープンカーがウケないわけがないだろう」と満を持してオレがデビューしたのが、そう、あれは1995年のこと。
あぁ、それなのに…… オレときたら2007年には生産が終了し、今となっては中古車ですらヒットするのは、たったの10台……。泣けるぜ。
デザインが良くて、実用的で、走りも楽しめて、しかも……
オレの名前、バルケッタとはイタリア語で「小舟(Barchetta)」を意味する。
モダンなイタリアンデザインの粋を集めたコンパクトなボディに乗り込み、幌を開けて街を流せば、まさにイタリアの運河に浮かぶ小舟のようだと、デビュー当時は道行く人も振り返ってくれたもんだ。
ボディ同色のアクセントカラーを効かせた内装デザインは、いかにもイタリアの伊達男。
ボタンを押すとドアノブが飛び出すイタリアンスーパーカー的な仕掛けまで備えているなど、身だしなみにも抜かりはなかったぜ。
さらにはFFレイアウトの利点を生かして、幌を開けてもキャビンスペースとトランクルームをしっかり確保できるなど実用的にもスキのない完璧なコーディネイト。
フィジカルにしたって、エンジンは直列4気筒1747cc(130ps)ながら1000kgちょいの軽さだから5速MTを操って同郷のアルファロメオとも対等に渡り合える走りが自慢さ。
とはいえストイックな性格ではなく、ドライブフィールはマイルドかつ軽快に走りを楽しむことができる、つまりはモテ男に必要なバランスの良さまで備えていたんだ。
2004年には、フロントまわりのデザインなどをリファインし「ニューバルケッタ」として、さらにイカしたルックスまで手に入れて。
加えて、本革シートやアルミホイールを標準装備とするなどお買い得、いやいや、付き合いやすいモデルとなったにもかかわらず、なぜか販売台数は伸び悩み3年後にはフェードアウト……。
デザインが良くて実用的で走りも楽しめて、しかもイタリアンブランドのオレなのに、まさに「あれれれ?」って感じよ。
いったいぜんたい、どういうわけだ?
確かに、左ハンドルMT車のみという仕様がパートナーを選んでしまった、という指摘はそのとおりだろう。
スポーツカーはFRじゃないと、なんて囁く声も聞こえてくる。ただ、それだけが理由じゃないはずだ、とオレは思っている。
日本のロードスターがそうくるなら、イタリア生まれのオレは!
今にして思うに……
オレは、イタリア的であることにこだわり過ぎていたのかもしれない。
日本のロードスターがそうくるなら、イタリア代表としてオレは、なんてさ。
よくよく考えてみると、ロードスターは日本的であることよりも「人馬一体」というシンプルなコンセプトで「世界中の誰もがドライビングを楽しめる」ことに徹底的にこだわっていたんだな。
その結果、走りにしてもデザインにしても普遍的なスポーツカーの境地にたどり着けたし、その後もつねに時代の変化に順応しながら今日まで走り続けてきた。
ロードスターのあまりのモテっぷりに嫉妬してしまったオレは、ヤツをライバル視するあまりイタリアンにこだわりすぎたようだ。まさに、“伊”の中のカワズだったってわけだ。
スポーツカーとしての魅力が誰にでもわかりやすいシンプルなロードスターと、イタリアならではの“粋”がわかる人にはわかるけど、誰もがそれを欲しているわけではなかったオレとの差……。
つまりは、そういうことだったんじゃないか。
ただね、「だから、この状況は仕方ないよなぁ~」なんてスネてるとは思わないでくれよ!
あえてそれに乗るのが洒落者の粋ってもんだろ
ロードスターの「人馬一体」感は認めよう。だが、今や個性の時代じゃないか!
ファッションにしても車にしても、大事なのは他人とかぶらない「らしさ」という個性だろう? パーソナライズが注目される時代に、価値は普遍性より希少性にこそ宿るのだ……たぶん。
もともとのスタートでは、ロードスターの後塵を拝していたかもしれん。
が、しかし今やオレの「誰もが欲しているわけではないからこその魅力」という価値が、グングンとウナギ上りじゃないか! と開き直っている。
カーセンサーnetの検索結果で1000台ヒットするロードスターよりも、たったの10台しかヒットしないオレだからこそ、あえてそれに乗るのが洒落者の粋ってもんだ、とね。
洗練されたデザインで、しかもオープンカーで、もちろん走りを楽しめて、さらには他人とかぶらないオシャレな左ハンドルのMT車を選ぶなら、もはやオレ以外の選択肢なんてなくね? と、今こそ声を大にして言わせてもらうぜ。
そんなヤツは少ないって? いいのさ、そんな洒落者が1000人もいたら逆に困る。
さぁ、粋な諸兄よ、イタリアの小舟という名のイカしたオレに乗船してくれ。
優雅に漕ぎ出せば、街中の視線を集めるに違いないから服装に気を使うことも忘れずにな。
そしたらきっと、前を行くロードスターも思わず道を譲るに違いない。
どうやら、ようやく時代がオレに追いついてきたんじゃないの?
ライター
夢野忠則
自他ともに認める車馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト兼自動車ロマン文筆家。 現在の愛車は2008年式トヨタ プロボックスのGT仕様と、数台の国産ヴィンテージバイク(自転車)。
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